2006年5月25日公開 とじょさんより、「BURNING BLUE」(サイキックフォース、バーン&キース)

BURNING BLUE  

 

「俺はあんな所にゃ戻らねぇ!さっさと帰ってアイツに………キースに伝えな!!!」

 己の眼前、地面に膝をつき炎の能力のもたらした「焼かれる痛み」に顔を歪める名も知らぬ能力者にバーンは言い放った。

「く…、しかし我々は諦めません。少なくとも、キース総帥がそう望まれている限りは……」

 幾度と無く聞いた台詞を再び耳にしてバーンは嫌そうに顔をしかめた。しかし「聞き飽きた」というべき相手はその言葉を最後に既に姿を消していた。
 瞬間移動(テレポーテーション)、誰でも一度は聞いたことのある能力だろうが、実際に出来る能力者はほんの僅かな事をバーンは知っていた。どうやら本当に自分を「連れ戻す」だけの力しかなかったようだ。偶然見つけて、ノアへの忠誠心から自分に挑んだのかもしれない。だとしたら少しばかり悪い事をしてしまった気がする。バーンは苦虫を噛み潰したかのような顔で思った。
 今頃は基地内の医療施設で手当てを受けているだろうか。彼に何の傷痕も残らないことをバーンは祈った。

「くそ、なんだってんだよ…!」

 我知らず吐き捨てる。
 もう何度こんな事が繰り返されただろうか。
 ノア。
 方舟の団。
 キースという名の安息の楽園を求めて集った者たちの拠る所。
 それは確かに持ちえぬ力を持った者たちの唯一の安息の地であったかもしれない。彼らを守るに足りる盾、仇成す者に抗しうる矛。そして彼らを導く統率者。
 しかしそれは人を支配する為の力でもあった。
 自分はその事実に納得できなかった。能力に目覚めても、自分にとってはただそれだけだ。人間以外の何者でもない。超越した存在だとか、選ばれし者だとか、支配者であるとか、本当の神の子であるとか、自分には理解出来ない話だ。空を自由に舞う事が出来る様になった身でも、彼らの言う地を這う愚かな人間でしかない。
 そして自分に切々とそう語ったキースの事も理解できない。いや、分からないと思いたいのかもしれない。

「キース……」

 身の内にある途方も無く重苦しいものがそのまま吐き出せればいいのに。そう言わんばかりに息を吐き、バーンは瓦礫の上に腰を下ろした。みつかったのがこの場所で良かったと今更に安堵した。街中だったらエミリオとウェンディーをつれて逃げなければならなかった。恐怖に苛まれた人達から身を守るために。
 お前はこれに耐えられなくなってあんな風になっちまったのか?
 朧に思った。
 正直思ったよりもずっと辛かった。そう知れただけで、ただ力があると言うだけで向けられる恐怖と目と迫害の手。怒りも理不尽さも感じた。悔しさに歯軋りだってした。だが何より悲しかった。人間ってのは弱いんだな、とあらためて思った。きっと弱肉強食、ってのを本能で感じてるんだろう。自分たち「人間」を守ろうと精一杯なのだ。
 だから、自分は守る側になろうと思った。もてあまし気味のこの力も、アイツの目を覚まさせる役には立つ、そう思い始めている。
 そう遠くない未来、自分はまたノアに戻るだろう。アイツの姿を求めてではなく、対峙する為に。
 だからこそ今戻る事は出来なかった。がむしゃらに飛び込んで行く方が自分の性には合っていて、いつも言葉は後から付いて来るものだった。でも今は、考える時間が欲しかった。時間をかけて自分の気持ちを整理したかった。アイツに言いたい事をちゃんと考えたかった。
 そう気持ちを沈ませる時、自分がいかに悩む事に向いていないかバーンは自覚させられた。故に二人の側を離れ、しばしば一人廃墟や森の中に身を置いていた。

「………。」

 荒涼とした大地を切り裂く地平線に巨大な紅蓮の塊が沈んでいく。
 それを遠い瞳で見つめるバーンは普段の姿からは想像もつかないほど淡く霞んでいるようだった。
 夕日は好きだ。
 詩人のように讃えるなんて事は出来ないが、綺麗だと思う。単純に赤が好きだからかもしれない。夕飯の時間がやってくるからかも知れない。
 アイツだったら、キースだったら何と言うだろうか。きっと博学で聡明なキースの事だからこっちが恥かしくなるような賛美の言葉を並べ立ててくれる違いない。万物を等しく照らした光は変じて万物に等しく安らぎを…? いいや、きっと安らぎの夜なんてアイツには数えるほどしかなかったんだろう。
 そういえば、アイツの髪は夕日の中だと燃えるような色を映して綺麗だったな……

「では貴方がキース様を照らし、貴方が安らぎを与えて差し上げれば宜しかったでしょうに」
「!!!」

 突然の声にバーンは瞳を見開いて頭上を仰ぎ見た。

「おや、これは失礼。驚かせてしまいましたね。」

 何所か人を食ったような感のある口調で、顔に張り付けたような当たり障りの無い微笑みを自分に向けてくる男が宙に居た。

「ウォン!テメェ……!!!」
「しかし貴方もほとほと無用心と言う物ですよ。貴方の精神は並みのものでは無いというのに『壁』も張らずに居られたのでは……」

 読む気が無くとも読んでしまいます、と激情を瞳に浮かばせて睨みつけるバーンに微笑んだまま穏やかに言ってみせる。
 ウォン、リチャード・ウォン、顔に浮かべた微笑とは正反対の冷たい瞳をした男。本当の意味でノアを造ったのはこの男だとキースから聞かされていた。最初にして最高の助力者であると。
 しかしバーンはこの男の事が虫唾が走るほど嫌いだった。

「何しに来やがった!」
「愚問ですねぇ。言わなくてもお分かりでしょうに」

 言いながら静かに地に降り立つ。

「キース様の為、ノアにお戻りください。キース様は大変心を痛めておいでですよ。」
「へっ 白々しいぜ!甚だしいってのはこーいうのを言うんだな!誰がテメェの操り道具になるかってんだ!」
「おやおや、これは心外な。私は随分と貴方に嫌われてしまったようですね。キース様も御可哀想に…ただ一人友と慕う貴方に頑なに拒まれて……」
「ウルセェ!テメェのその口で俺とキースをどうこう言うんじゃねぇよ!俺はアンタにゃ騙されねぇ!俺は馬鹿だけどソイツがどんな人間かはちゃんと分かる!アンタからはゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!!!」

 吐き捨てるバーンにウォンは穏やかな微笑を崩さない。

「そこまで本心から言い切られると流石に傷付きますねぇ。いけませんよ?人間関係を円滑にする為には相手の気持ちも考えなければ」
「自分は相手を騙す事しか考えてない無いくせによく言うぜ!」

 言いながら臨戦態勢をとるバーンにウォンはクスリと笑う。何時でも力を発動できるようにしているのが見え見えだ。元より隠すつもりも無いのかもしれない。

「………ええ、ご察しの通りですよ。現に今も…」
「な……っ!?」

 ほら、という勝利の笑みを含んだ声を耳に出来たものか。突如として周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。そして見る間に絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような世界になり、恐ろしい速さで意識が混濁していく。

「………貴方は本当に優秀な能力者なのですよ。もっとも私の欲しい駒といっても過言ではありません。その身に宿る他の追随を許さない破壊の力。そして反するように未熟な他の能力。貴方は一介のサイキッカーに出来ることがまるで出来ていない。だからこうも簡単に私の力に精神を飲まれてしまう。いけませんねぇ。」

 本当に無用心過ぎますよ、と笑いながら、崩れ落ちるバーンの体をウォンは抱きとめた。

「さて、どうして差し上げましょうか………」

 くつくつと喉を鳴らして、ウォンは腕の中の迂闊な青年に向かい、策謀の笑みを向けた。




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「んん……」

 先ず、ぼんやりと意識が浮かんできた。
 しかしまだ体は動かない。手を地面について起き上がろうとしたが思うように動かず、バーンは呻き声を上げた。
 手の平殻伝わる感触はサラリとして、それが上等の布である事がすぐに知れた。
 ベッド…?
 …そうだ、自分は一人になりたくて外へでて、そして…………?

「……ウォンッ!!!!」

 怒号と共にカッと目を見開いて飛び起きる。
 そこに見えたものは大地と沈む夕日ではなかった。ましてや、二人と住んでいた安アパートでもなかった。
 何か巨大な施設の中に設けられた医務室のように見えるこの場所。記憶に無くとも、バーンはすぐに自分が今何所に居るのかがわかった。
 ノア。
 一見リノリウムのように見える床も、壁も、超硬度の金属とそこに流された特殊な磁波から出来ている。外部の攻撃から身を守る為、内部での暴走を食い止める為、全てが彼等の為に造られた舟。

「ちくしょう…。」

 戻ってきてしまった。
 その事実にバーンは歯噛みした。まだその時では無いというのに。
 しかしベッドから降りて周囲を見渡し、バーンはすぐさま考えを巡らせた。体はどこも痛まない。幸いにもこの部屋には自分以外誰もいない。どうにかまた逃げ出せない物か、と。
 残してきた二人の事が心配だった。数日帰らない事もあったから暫くは自分の事は心配はしないだろうが、その間に二人にもノアの手が伸びるのではないか不安が襲ってくる。
 ウェンディーだけならいい。彼女は力も心も強い。例え何が来ようとも自分の力を生かしてどうにか逃げおおせるだろう。しかし、もう一人の、共にノアから抜け出してきた少年、エミリオは…………。
 ふっと瓦礫の中に蹲って震える天使の様な少年の姿が脳裏をよぎり、バーンは喉の奥が熱く詰まったような感覚を覚えた。エミリオの傍には自分とウェンディー両方が居なければ駄目なのだ。それは確信だった。
 能天気な自分なんかには予想もつかないほど彼の心は傷付いていて、硝子よりずっと脆い薄氷で出来た細工のような心を持っている。その今にも砕けてしまいそうな心で自分たちを兄と姉、父と母のように慕い、どれほど傷付こうともその心の奥底で『人間』たらんとしている。キースに救いを求め、ノアに安息を求め、しかし身を置きながらも不安と疑問に苛まれるエミリオは、漸く出会った『仲間』に他ならなかった。
 そんな彼と共に在るには自分とウェンディー二人が居なくてはいけない。ウェンディーはエミリオの心を癒すだろう。しかしエミリオの大きすぎる力を押さえ込むことは出来ない。もしノアの能力者に見つかり、何かの拍子にエミリオ心の均衡が崩れたとしたら彼女の命すら危うい。そしてもし助かったとしても、エミリオの心はまた深く傷付くだろう。正にウェンディーは母の如く、自分は父の如くウェンディーとエミリオを守ってやらねばならないのだ。
 一刻も早く戻らねばならない、そう拳を握り締めた時、破壊も止むを得ないと思っていたドアが軽い音と共に横にスライドし、いとも容易く外界への道を開けた。
 そして、一瞬目を見開く。

「キース………!」

 数ヶ月前此処に居た時と同じ、三年の時を越えた親友の整った顔があった。しっかりと記憶にある顔とは違う、あの頃よりもずっと排他的で冷たい彫像のような顔だ。
 そして、

「……ウォン!テメェ……っ!!!」

 その後ろに影のように立つ長身の男の姿を認め、バーンは威嚇するように身構えた。

「おやおや、またですか?貴方の語彙は随分と貧していらっしゃるようですね」
「ウォン」
「…これは、失礼を致しました。先ほど会った時も同じ様に言われてしまったもので。随分と嫌われてしまった物です」

 静かに視線を向けるキースにウォンは頭を下げてみせる。

「もう良い。下れ。彼と話がある。」
「は、しかしご親友とは言え、此処を抜け出した彼と貴方様だけにする事は……」
「下れと言っている。」

 冷たい声だ。バーンは思った。ウォンへと膨れ上がった激しい感情は、総帥として命令を下すキースのその姿に見る間に萎んで行った。あっというまに冷え冷えとしたものだけが心に残る。

「……分かりました。しかしくれぐれも御気を付けを」

 キースのその言葉を前に、ウォンは再び恭しく頭を下げて部屋を出て行った。
 そして今度は自分に向けられるキースの視線。

「バーン……」

 向けられたのは、三年前と変わらない視線だった。戸惑うように揺れながらも焦がすような熱さをはらんだ瞳が自分を見据えてきた。
 思わずどくんと心臓がはねる。しかしそれに気を向けるわけにはいかなかった。

「キース…。オレは…今お前と話し合うことなんて出来ない…。人間と戦うなんてのも、此処にいることもオレには考えられねぇんだ。頼む、俺をココから出してくれ。」

 静かに佇むキースに向かい必死に訴える。しかしキースはそんなバーンを、やはり静かに見据えるばかりだ。

「なぁ、キース、頼む……」
「………エミリオと、ウェンディーが待っているから?」

 呟いた声は低かったが、先ほどのように冷たくは無かった。しかし、キースの口から出てきた二人の名に、改めて心が焦る。

「そうだ!アイツ等にゃオレがついていないと駄目なんだ!エミリオの奴が“どんな”なのか、キース、お前だって分かってんだろう?!」
「……君の心を射止めたのはエミリオ?それともウェンディー?誰にだって世話を焼きたがる君にはエミリオは放っておけないだろうね。ウェンディーは君に似たところがあった。とても気が合うだろう?」
「キース…?お前、何言ってんだよ……!?」

 キースの口から零れだしてきた言葉に、バーンは目を見開く。

「それとも二人とも?もう抱いたり抱かれたりしたのかい?君はその性格そのまま、性にもオープンだったみたいだからね」
「何言ってんだよ………キース」

 拳がわなわなと震える。

「君は――――――」
「ふざけんじゃねえっ!!!」

 言葉を続けようとしたキースの胸倉を掴み上げてバーンは叫んだ。

「オレの事もわかんなくなっちまったのかよ!?今オレがどんな気持ちでお前の前に居るのかわかんねぇのか!?いや、それならそれでもいい…!でも読めるんだろ?わかんだろ?!今俺が何考えてるのか、総帥なんて肩書き持ったお前には丸見えなんだろ!?読んでないってんなら今読めよ!全部読んでくれよ!!!なぁ、キース…頼むよ………っ」

 胸倉を掴み上げた両手は力なく下り落ち、胸に押し付けるような形で動かなくなった。背を丸めて俯くバーンの体は怒りか、悲しみか、かすかに震えていた。
 激しやすく反面沈みやすい、何も変わらない真っ直ぐなその気性にキースは数瞬、酷く沈鬱に瞳を閉じた。

「……分かっているよ」

 静かに呟き、自分の胸に縋る様に俯いていたバーンの頬に手を添えてその顔を上げさせる。

「僕は…誰より君を分かっていると、少なくとも自分では信じている。自分がどれだけ酷い事を言ったかもわかる。君には申し訳ないけど、君の心そのものも読める……」
「なら、なんで……」

 いつも相手を真っ直ぐに見据える瞳は、残酷なほど変わらぬまま自分の瞳の奥を見つめる。
 キースは自嘲のような笑みでバーンに笑った。

「…例え、君がどう考えているとしても、君は僕の元を去り、今エミリオとウェンディーと共に居る…。その事実はかわらないだろう?僕の気持ちが分かるかい?君にはそんなつもりなんてない事はわかってる。でも僕は酷い裏切りにあったんだよ。今も君に対する怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだ。」

 滔々と紡がれる言葉に、流石のバーンも再び俯いて瞳を揺らした。

「キース、オレはお前を裏切ってなんて…」
「言ったろう?分かってるって。でもバーン、君は分かってない。僕が、君に対してどんなに卑屈で矮小になれるか。どんなに傲慢で利己的になれるか……」

 言いながら、頬に手を滑らせて再びバーンの顔を上げさせた。

「………っ」

 再度視線が合ったその瞬間、バーンは息を呑んでキースから身を離そうとした。しかし、キースの手が腕を掴みそれを許さなかった。  視線から、掴まれた腕から、熱が流れ込んでくる。それは錯覚などではなく、精神感応…テレパスと称すべきものだった。

「離せっ!」

 振りほどこうとしても全く動かないその手からどくどくと流れ込んでくる熱。それから逃れようと歯を食いしばり眉根を寄せてバーンはもがいた。

「バーン… 僕には君だけしか居なかったのに…… わかるだろう?君をこんなに…………」

「やめろォっ!」

 愛してるのに、という呟きがすぐ目の先の唇から零れ、体の中へ流し込まれた。
 どくん、と体内でキースの精神という名の熱が脈打つ。
 それはキースの真摯な言葉であり、愛情と言う名の酷い肉欲だった。

「頼む、止めてくれ…… オレは、お前とこんなことしに来たんじゃねぇ…っ 来たくなんてなかったんだ……!オレは、お前に何も言えねぇ、バカヤロウってぶん殴るしか出来ねぇ……… だからっ 此処を飛び出したんだぜ?お前、わかってんのかよ……っ?全部読めるなんてホントはウソだろ、…っ マジでさ、……か、考えてみりゃ今まで誰かを説得なんてしたことねぇし、どうしたらお前がわかってくれんのかって、オレは、オレは………っ」

 膝をつき、縛められていない腕で体をかきだいて嗚咽を漏らす。
 その姿に、キースはすっと目を細めた。

「バーン、君は残酷だよ。」

 なんて穢れの無い真っ直ぐな思いなんだろうか。これは自分に向けられた愛だ。そう感じれば身が震えるほどの喜びが心に去来する。
 だが、なんと無慈悲な事だろう。揺ぎ無い君は…うつろわざる君の心は、うつろわざらんとしている僕の心を揺るがし、酷い事に君の心は僕と同じ思想を持つことは無いと啓示している。
 心が煮え立ちながら凍っていく気がした。

「僕はこんなにも、ただ、君に側にいて欲しいだけなのに………」

 なのに君は僕以外を選ぶんだね、そう呟くとバーンの心が深い悲しみに揺れた。

「でも僕は…それでも、君を愛している……」

 我ながらまるで血を吐くような声だ。

「三年前のあの日から、ずっと、ずっと…… そして、これからも……」

 掴んでいた腕を引き寄せ、手の平にそっと口付ける。この想いだけは唯一、己の中でうつろわざるものだろう。しかしこの想いを抱えて、自分がこれから先どれほど嘆き、苦しむのか…。キースはその未来を思い瞳を伏せた。

 そして、

「バーン」

 掴んでいた腕を放し、はっきりとその名を呼ぶ。

「もう一度君に問おう。君は……」

 バーンの瞳を見据えながらキースは言葉を紡いだ。

「…私の元を、このノアを去り、彼ら二人と共に在る事を望む…。違いないな?」
「……っ!」

 口調の変化は雄弁であり、伝わってくる心はさらに雄弁であった。

「君の望むとおり、彼らの元へ帰してあげよう。だが、君が再び私の前に現れた時、私はノアの総帥として君に対峙する」

 しばしの静寂が場を支配した。
 一瞬眉根を寄せて歯噛みするバーン。
 それを見据えるキース。
 拳を硬く握り締める音にならない音は双方のものであったかもしれない

「ああ、キース……。オレはあいつらの所に帰るぜ…。」

 限りなく確実な未来を示す言葉に、キースは僅かに目を細め、微笑んだ。神はなんて残酷なのだろうか。

「そうか… とても残念だよ。」
「……最後に余計な世話かもしれねぇが、ウォンには気をつけろよ。オレはアイツだけは好きになれない」
「ああ。分かっている。」
「そっか。ならいいんだ。ワリィな」

 今此処で彼の心を壊し、閉じ込める事が出来たらどれほどの安らぎがやってくるだろうか。

「そんじゃーな。キース」
「ああ……さらばだ………」

 自分の横を通り過ぎ、遠のいて行く足音を聞きながらキースは静かに眼を閉じた。知らずの内、この音は過去の自分が去っていく音だ、そう心に言い聞かせていた。  弱い己は遠く離れ、ノア総帥としてのキースしかこの体には残っていないのだと。

「……さようなら。バーン………」

 そして三年前の僕…………。





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「……さて、本格的に『ソニア』に役に立ってもらいましょうか………」

 大きな力がノアから離れていくのを感じ、ウォンは一人、地下深くへと続く薄暗い通路の中で微笑んだ。

「困った方だ。私が折角助言して差し上げたというのに………」

 くすくすという忍び笑いを漏らすように、離れていく力に向かって囁く。

「ですが、私が貴方の代わりにキース様に安らぎを与えて差しあげましょう…。時はそのように動き出したのだから。」

 偽りと破滅の名の下へ。虚偽と痛みの渦へ。

「バーン・グリフィス… 私は生涯貴方への感謝を忘れませんよ。」

 そう嘯くように呟いて、数瞬の静寂の後、ウォンの高らかな笑い声がその静寂を打ち消した。